1年ぶりの「牡鹿半島鮎川地区」及び「石巻市役所産業部」訪問

1年ぶりの「牡鹿半島鮎川地区」及び「石巻市役所産業部」訪問
7月6日

現地訪問、取材をして。(東京豊新ライオンズクラブからの投稿記事です)
昨年7月9日、クラブアクティビティとして前月に「発電機」を寄贈した牡鹿半島鮎川地区と手続きのお手伝いを頂いた産業部を訪問、取材しました。その時、一番のニーズとして「氷」があれば漁業や市民生活が活性化して元気が出るという情報を得て、即理事会で協議審議し、「製氷機と氷のストッカー」を贈ることを決め、2012年10月下旬、設置完成にこぎ着けました。
1年ぶりの訪問の目的。
今回の訪問は、「製氷機」などが漁業や市民生活に役立っているかの取材と、1年経過した鮎川地区や石巻市全体の復興状況とこれからの方向性など情報を収集するため牡鹿半島鮎川地区と石巻市役所産業部を訪問しました。

鮎川漁港の石巻市牡鹿稲井商工会へ。
7月6日金曜日、梅雨前線の活動が活発化している中、被災地へ。宮城県石巻市地方は梅雨前線の影響もなく、午前11時過ぎ金華山近隣の鮎川地区牡鹿総合支所に到着。調整役をして頂いた災害対策室長、大窪様の出迎えを受け、早速「製氷機」が設置されている漁港前の牡鹿稲井商工会へ案内され 事務局長の水戸様より利用状況の説明を受けました。
水戸事務局長のコメント
「製氷機の氷はストッカーに袋詰めして、魚の出荷時に冷蔵用として使用しています。冬場もその需要はあり、利用頻度は落ちませんでした。現在は、商工会に行けば氷があると地域に周知されており市民の様々な集会地域のお祭りなどでも頻繁に利用されています。大変役立っています。」
震災から1年と4か月経過した鮎川地区
海に面した地域は一見すると青草の生い茂る、のどかな原っぱの様相ですが、良く見るとそこにはかつて住宅があった基礎がまだ残されており、人々の生活が一瞬にして根こそぎ失われた痕跡がそこかしこにあります。 お昼を頂いた仮設商店街のラーメン屋さんには以前そこに多くの住民と商売が成り立っていた写真が飾られおり、今見られる風景とのギャップに呆然とする思いでした。
復興、復旧の現状は
復興状況は、津波被害のあった市街地を「市が買い取る制度」を進めている段階で、区画内で1名でも売却を躊躇されると制度が利用できず滞っている状況でした。復興庁は、第一次産業への予算配分が第一と考え、例えば、石ノ森章太郎漫画館、金華山黄金山神社や遊覧船など観光産業に関しての復旧には予算を付けないという方針で、石巻市はその調整に苦慮していました。まずは、インフラや一次産業復興が優先され、観光資源や民間の魚加工産業などの復旧については地元任せのというのが現状でした。また、「せめて復興庁が仙台か、福島にあれば」という言葉が被災地のニーズの伝わりにくさを象徴しているように聞こえてきました。
「地域の力」を取り戻すには
今後、市民生活が活性化するには、地域に仕事があること、多くの方々に被災地の現状を見ていただき、被災地域の安全な魚や農産物の購入をお願いしたい等、どちらの地区の方々も同じようにお話しされていました。

報告★東京豊新ライオンズクラブL掘雄介、L岩村浩秀、L赤尾嘉晃