12月14日 東京堀留LC例会訪問報告書
12月14日(火曜)12:00東京堀留ライオンズクラブの12月第1例会(クリスマス例会)を訪問した。
会場は東京会館。設立60年を迎える老舗クラブの1つ。
この日、参加者は9人。チャーターメンバー・91歳の菅原元ガバナーを最年長にメンバーの皆様は大先輩ばかり。第一印象は、仲が良くお元気で明るい。
この日も最高のお料理を大好きな仲間と一緒に食するこの上なく贅沢で幸せなひと時。皆様のお仲間に入れて頂いた至福の時間だった。
日本橋区には、幾つかライオンズクラブが存在する。
まずは、堀留という街自体の歴史を教えて頂いた。そもそも江戸時代の頃から続く繊維問屋の街。
かつては800店舗も軒を連ねたほどの隆盛を誇っていた。
そんな中で堀留ライオンズクラブが誕生する。
当時、1クラブに1業種1人のメンバーという条件があったのだろう、〇〇さんは帯の業者、△△さんは羽織の業者、、、と織物業の担当製品をこじつけ的に細分化して別業者と見立てたうえで、入会を認めていたとのこと。
今では街の開発が進み、マンションが多く建造され、また、若いITベンチャー起業家の参入が少なからず。
街の色に変化はあるものの、400年前から続いている恵比寿講信仰イベント・10月19日の“ベッタラ”市の賑わいは衰えることがない。
ベッタラ市のお世話役代表の方も堀留ライオンズクラブのメンバーの一人だそうだ。
最盛期には正会員が120名。 現在は、16名と減少しているが長い歴史の中で思い出に残るアクティビティや活動のお話しもたくさんお聞かせくださった。
旅行会は毎年ご家族、ご夫婦で行かれる。旅行のみならず、家族会員=令夫人も必ず通常の例会に出席しておられるとのことなのでおのずと家族ぐるみの信頼関係が構築される。
この日の例会も奥様の例会参加があった。家族ぐるみでライオンズに理解と協力が得やすくなりクラブの活動支援の輪が広がるのも合点がいく。
設立25周年の周年行事には、歌舞伎座を貸し切ってチャリティショーを開催した。骨髄バンク支援の活動では、大勢の人へ告知するためにコミック歌手・俳優の植木等氏も呼び会を盛り上げる企画も行っている。
「恵まれない子供たちに愛の手を」のテーマで、10円でカレーをふるまう日比谷公園内の松本楼の故小坂ガバナーの活動支援として、中央区の身体障碍児童を招待斡旋して支援したこともある。
25年前の菅原ガバナー期、330-A地区メンバー数は約1万人。この年に初めて薬物乱用防止活動が始まった。
ガバナーズメインアクティビティイベントでは、同テーマで、日比谷の大通りをパレードすると同時に、日比谷公園内にキャビネットの全委員会がブースを出して、ライオンズクラブの存在をアピールする啓蒙活動を行った。
パレードだけではない、330-Aキャビネット全員が一丸となって、また地域の一般の人々を巻き込んでの大規模なイベントが行われたわけである。
大勢の人的パワー、予算、プロ集団の企画力と告知力、そして情熱。
さまざまなものの結集があったろう。
今はコロナの影響もあり、そこまで実現できないのが寂しい限りだが、お話しを聞くだけでライオンズの真髄とそれに突き動かされる底力を垣間見たような気がした。
このクラブもコロナ禍では例会休止が続き、リアルでお会いできる例会開催を再開したのは10月から。
例会通知には「楽しい例会のお知らせ」と冒頭にタイトルが入ったものだそうだ。
全体大変仲が良いところのさりげない工夫がこんなところにも。
皆様「楽しくなければライオンズじゃない」と異口同音に。
ライオンズが全体一丸となって活動できる原点はそこなのだろう。
ライオンズクラブの素晴らしさを再度気が付かせてくれた例会訪問。言い知れぬ爽快感に包まれ、ライオンズメンバーでいる自分を誇らしく、また襟を正して進んで行こう!と軽く決意を新たにして会場を後にした。
素晴らし大先輩との巡り合い、私の中に財産がまた1つ増えた。
堀留ライオンズクラブの皆様、初めて聞くお話しライオンズの原点を学びました。またきっと例会訪問させてください。本当にありがとうございました。
10R1Z 東京渋谷ライオンズクラブ L北岡知子